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記憶について~ルパン三世のテーマを聞いて~

思っちゃったんだからしょうがない

 

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ルパン三世のテーマ

YouTube

最近ルパン三世のテーマ曲をよくyoutubeで聞いています。特に、というか基本的には歩きながら聞いています。でも僕はルパン三世をアニメで見たことも無ければ登場人物の名前も危ういです。不二子ちゃんとルパンとジゲンととっつぁんしか知りません。でもテーマ曲は有名ですからもちろん聞いたことはあります。

この前もいつも通りに歩きながらルパン三世のテーマ曲を聴いていると間違えて画面を触ってしまい、ルパン三世のアニメの動画に飛んでしまいました。すぐに曲に戻っても良かったのですが、一度も見たことがないアニメだから試しに一度見てみようと思いそのまま再生しました。正直言って全然面白くも無かったのですが、途中である曲がBGMでかかった際に突然昔の記憶が蘇ってきました。

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ずっと昔の記憶

それはどういう記憶かと言うと、一言でいえば「おばあちゃんの家に行く前の記憶」です。土曜だか日曜だかに家族みんなで横浜にあるおばあちゃんの家に行くぞという日の記憶です。確かその日は雨が降っていた気がします。夜ご飯は牛丼だったか肉味噌だったかと思います。お吸い物もありました。確か父親がテレビを見ていました。でも、覚えているのはそれだけです。おばあちゃんの家に行くの自宅の記憶しかありません

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音楽と記憶と感情

ある音楽を聴いた時に昔の記憶や感情を呼び起こしてしまうというのはよくある話です。過去のある継続した期間に何度もリピートして聴いた曲を後々聴くとその当時の思い出が蘇るというのは誰もが経験したことがあるはずですし、そのこと自体は科学的にも一般常識的にも納得がいきます。

でも僕のこの場合はちょっと様子が違っていて、当時の「おばあちゃんの家に行く前」という状況と「ルパン三世のテーマ」という曲が全然結びつきません。正直どうしてルパン三世のテーマ曲を聴いたらあの時の記憶が蘇ってきたのか分かりません。何よりも、これまで思い出したこともなければ未来永劫思い出すことも、その必要さえないと思われる記憶がこのタイミングで蘇ってきた理由が理解出来ません。更に不可思議なのは、今まで「ルパン三世のテーマ」を聞いていた時は一度も思い出したことはないし、その後に「ルパン三世のテーマ」を聞いても同じ記憶が蘇ってくることはありませんでした。つまりたったその一度だけなんです。

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科学と反復性

どこかでも書いたような気がしますが、科学はその反復性が前提としてあります。リンゴはいつでもどこでも何度でも落下します。そのことを考えると「ルパン三世のテーマ」を聞いたら突然「おばあちゃんの家に行く前」の記憶が蘇ったことは科学では説明出来ないのかも知れません。もう一度聴いた時にも同じ記憶が蘇ってきたら何かしらの繋がりがあるのでしょうが、1度しか起こらないことは検証しようがありません。

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科学的世界観

でも「科学的世界観」の内部にいる我々はあらゆる可能性を模索して、1度きりの経験や摩訶不思議な原因を科学的に説明しようとせずにはいられません(というか科学的に説明出来ないことなんて、殆どないんです。)例えば僕の例でいうと本当は

「ルパン三世のテーマを聴いた」

「おばあちゃんの家に行く前の記憶が蘇った」

ではなく

「ルパン三世のテーマを聴いた時にたまたまという別の現象も起こった」

「おばあちゃんの家に行く前の記憶が蘇った」

であり実際は

という現象が起こった」⇒「おばあちゃんの記憶」

つまり「おばあちゃんの家に行く前の記憶」を呼び起こしたのは「という現象(例えばおばあちゃんの声そっくりのおばあさんとすれ違ったとか)」であり、「ルパン三世のテーマ」ではないのではないかという説明です。なるほど。これならいくら「ルパン三世のテーマ」を聴いたって同じ記憶が蘇ってこないわけですね。

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科学的世界観の外

僕は多分ゴリゴリの合理主義者ですが、同時にその外にあって論理的に説明が不可能なもの(例えば存在とか)にも興味があるし、そっちも大切にしたいと考えています。どうして「ルパン三世のテーマ」を聴いたらあの記憶が蘇ってきたのかは全く分かりませんが、その理由を追求せずにあの記憶が蘇ってきたということそれ自体を大切にしたいと思います。

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12

そういえば今年でおばあちゃんが死んでから12年になります。自分の年齢の丁度半分です。ということは僕はあの時12歳でした(当たり前ですが)。そういえば小学生の時の僕の出席番号はいつも12で、サッカーのユニフォームの背番号も12でした。筆箱の中には12本鉛筆が入ってて、ポケモンのキャラクターの名前にも12が入ってました。他にも色んな12がありましたが自分でもわけわからないものがありました(例えば自転車のギアは左右合わせて必ず12とか)。僕はとにかく12という数字が好きでした。13歳になったり中学に入って出席番号が13番になったりするのが嫌でした。我ながら変なこだわりが多くて面倒くさい子どもでした(奇数は今でも嫌いです)。今だとアスペという言葉がありますが、当時はそんなのは全然一般的ではなかったんですね。

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脳と記憶

そういえば脳と記憶の関係について興味深い文章を読んだことがあります。我々は何か新しいことを覚える時に脳内で、一枚の紙に異なる情報を書き入れるようにして神経細胞を使い回しているそうです。というのも、元々神経細胞の数は限られているのでそれを効率的に使う必要があるんです。

この仕組みにより人間にしか持ちえない能力を生み出しているそうです。それはいわゆる「連想」というやつです。異なる情報を組み合わせたりすることで人間は閃いたり空想したり創造したりすることが可能だということです。人間に生まれて良かったね。

 

 

 

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