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hideの「EYES LOVE YOU」に衝撃を受けた中学時代

思っちゃったんだからしょうがない

確か中二くらいだったと思うのだけれど、僕はその時Youtubeを見るのにハマっていて、家にいる時はずっとパソコンの前に座っていた。

その時、どういう経緯でだかは全く思い出せないのだが、hideの「Eyes Love You」の動画を見て衝撃を受けエレキギターを親に買ってもらった。かっこよく言えば「ロックに目覚めた」のであるが、客観的に見れば「中二病」である。

僕はその後にYOSHIKIに憧れ、高校に上がると今度はドラムを、大学に上がるとピアノを買ってもらい、そして結局どれも中途半端でやめてしまって今に至る。

ピアノは今でも騙し騙し続けて、それなりに弾けるようになったけれど、もはや始めた頃の情熱は消え失せている。というわけで、どんなことでもずっと続けられている人は多少尊敬している。

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約10年ぶりに同じ動画を見つける

そしてこの前Youtubeを何となく見ていたら、突然中二の頃に見たhideのeyes love youの動画を見つけた。本当に10年ぶりくらいに見た。著作権の関係でずっと前に削除されていたのかもしれない。

この動画を見ると懐かしさと同時に、中二の頃の様々な記憶が蘇ってくる。きっと今見つけなければ今後自分がこの動画に衝撃を受けて「ロックに目覚めた」という恥ずかしい過去を思い出すこともなかっただろう。

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「存在する」ということについて

hideはもう20年前にはこの世を去っているはずなのに、この前の20回忌の時に自分も三浦霊園に行ったのに、映像の中にはしっかりとhideは存在している。僕はこの動画に影響されてエレキギターを始めたのだから存在していないわけがない。存在しないものに影響されるわけがない。

とすれば、「存在」というのは「存在そのもの」によって成り立っているわけではないのは明らかだ。「存在」はそれ以外の我々によって成り立っていると言える。hideのことを覚えている人がいる限りhideは存在し続ける。

じゃあ、hideのことを覚えている人がいなくなったらhideは存在しなくなるのか。

いや、そんなことはない。何故なら、hideのことを覚えている人がいなくなった世界を、我々のようにhideのことを覚えている人がいる世界の住人は語ることが出来ないからだ。

hideのことを覚えていない世界(の住人)に対して「hideって知ってる?」と尋ねることは出来ない。何故ならその世界に住んでいる以上、尋ねる人すらもhideについて何も知らないということが前提だからだ。

我々の世界に無いものを我々は語ることは出来ない。語ってしまった以上、それは「ある」ことになってしまうから。

だから、hideは永遠に存在し続ける。

※追記

ライブ映像もありました。こっちのEyes Love Youはちょっとコミカルな感じ。

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