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自分が寝ている間にも本当に世界は存在しているんだろうかと疑ってみる

哲学探究

どうも。最近毎日ブックオフに通い詰めている者です。

ブックオフでせどりをしているとたまに利益が出るとか出ないとか関係なく、ただ単に自分が読みたい本に出会います。

そのまま無視すればいいのですが、ついに気になって手にとってしまうと

あれっ、30分経ってるやん。

ということもしばしばです。

昨日もブックオフで「死にカタログ」と「かっこいい仏」という超面白そうな本を見つけてしまい、立ち読みしてしまいました。

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でも今回はしっかり理性が働いたのでちゃんと購入して家に持ち帰って来ました。

死にカタログは本当に面白くて売りたくないくらいです(全然利益出ないので売らないと思うけど)。

まだ全部読んだわけではありませんが、初っ端から著者の寄藤さんの哲学的感度の高さをビシビシ感じてしまいます。

自分が見ていないとき両親は宇宙人なのかもしれない」。なんて素晴らしい想像力。

一見アホみたいなこの想像ですが、実はよく考えてみると結構複雑でそんなに簡単に答えが出るものではありません。

そして寄藤さんは「死について考えるときはこのときの気持ちを思い出す」そうです。

私はこのページを読んだ時に思わずにやけてしまいそうでした。

なぜなら私も全く同じような想像をしていた時期があり、そしてその想像はどう考えても「」というものと密接に関係していることをぼんやりと感じ取っていたからです。

今回はそのことについてすごくちょこっと話したいと思います。

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自分が寝ている時は世界が存在していない?

私は「自分が見ていない時に両親が宇宙人だったら」という想定をしたことはありませんが、「自分が寝ている時(意識が無い時)、もしかしたら外の世界なんて無いんじゃないか?」と考えたことがあります。

これは言い換えれば「自分が起きている時だけしか世界は存在していない」になります。

夜でも昼でもいいのですが、布団に入り目をつむり、ウトウトしだして意識が無くなった瞬間に外の世界が消えて無くなり、何も存在していない(そもそも存在していなかった!)という想定です。

家の外を走っている車も、たった数人しかいない友人も、どっかの国の大統領も、渋谷も原宿も、原子とか素粒子とか、色とか、空気とか、とにかく森羅万象が存在しなくなる、という想定です

何も存在しない=死?

寝る前にふとそんなことをたまに考えて怖くなって全然寝付けなくなる時があります。

なぜ怖くなるのでしょうか?

その理由を考えてみると、世界が存在しなくなるということはつまり、自分が死んでいることと同じでないか、と考えてしまうなんだろうと思います。

世界が存在しなければ、その世界の中にいる私も当然存在しないことになります。

つまり「」です。

我々は通常寝れば必ず目を覚まして自分が生きていることを認識しますが、もしそのまま永遠に寝続ければ永遠に世界は存在せずに、自分が生きていることを認識することも出来ません。

寄藤さんがについて考えるときに「両親はもしかしたら自分が見ていない時は宇宙人なのかも」と思う時の気持ちを思い出す理由も同じくここにあるのではないかと思います。

「自分が見ていない」時には、「自分が見ていた時と同じ状態で存在していない」ということになり、それが「両親は宇宙人?」という比喩で想定されているのではないでしょうか。

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「見ていなくても何も変わらない」は本当?

「自分が見ていない時に自分以外のものは本当に自分が見ている時と同じ状態で存在しているのか」という疑問を抱く人はそれほど多くないようです。

というのもそんなことは当たり前だからです。

そういう人に「どうしてそう言い切れるのか?」と尋ねると必ずこういう答えが返ってきます。

「あなたが寝ている時だって私は起きている。私は存在していて寝ているあなたも存在している」

こう言われれば何も言い返すことは出来ませんよね。

なぜなら私が起きていて誰か他の人(Aさん)が寝ている時には必ず世界は存在していますから

Aさんに「僕が寝てた時に世界は存在してた?」と尋ねられたら

当然じゃボケ。俺はずっと存在してたわ。

と当然言いますよね。

「世界は存在していない」は証明不可能

カンのいい人ならここの想定に横たわるカラクリを感じ取ることが出来ます。

自分が見ていない時に世界が存在していない」ことも、「両親が宇宙人になっている」ことも実は証明が不可能な命題なんです。

「自分が見ていない時に世界が存在していたかどうか」を確かめる方法は1つしかありません。

それは「他人に尋ねる」ことです。なぜなら自分でそれを確認することは命題の前提上(自分が見ていない時に〜)不可能だからです。

自分が見ていない時に世界が存在したいたかどうかを確かめることは、自分では出来ないので、他人に尋ねることになりますが、そもそも他人は世界の中の人なので、この時点で必然的に「世界は存在していた」ということになってしまいます。

つまりこの命題はそもそも最初から答えが分かっているのです。

両親が宇宙人かもしれない、という想定も同じように最初から「そんなわけが無い」という答えが分かっている命題です。

なぜなら「自分が見えていないときに両親が宇宙人なのか人間なのか」を確かめる方法は、前提上、他人に尋ねるしかないからです。

他人に尋ねたところで「宇宙人だった」という答えが返ってくるわけはありません。

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まとめ

久々にこういうことを考えたので疲れてしまいました。

本当はもっと長ったらしく書きたいのですが、今回はここで筆を置きます。

もっとこういう種類の問題に興味がある方は永井先生の本を読んでみてください。

おすすめの哲学入門書も紹介しているのでぜひ参考にしてみてください。

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